◆◇◆江戸前鮨の主役の話◆◇◆

コノシロという標準名を知らない人もいるかも知れません。でも、コハダと聞けば知らない人は少ないでしょう。それは、鮨ダネとして一般的ですし、小売店などでコハダの酢漬け、コハダの粟漬け、コハダの○○などと、ほとんどが「コハダ」と表示されているからです。その反面、東京・神奈川では大型のコノシロが生鮮魚として出回ることがほとんどないという事情もありますので。

コノシロってこんな魚です・・・
体は側偏形で丸く小さな頭部に小さな口、背ビレ後端の軟条がアンテナのように長く伸びています。背中側は青緑色で腹側は銀白色です。背側に無数の黒点があって規則正しく並んでいるので、黒い点線が何本もあるように見えます。エラ蓋の後ろには大きな黒斑が一つあります。また、ニシンやウルメイワシのように眼が脂瞼(しけん)と呼ばれるコンタクトレンズのような透明な膜に覆われています。

コノシロはニシン目ニシン科コノシロ属に分類されます。仲間にはニシン、マイワシ、ウルメイワシ、キビナゴ、サッパなどがいます。新潟県、松島湾以南の沖縄を除く各地、韓国から東シナ海、南シナ海などに分布します。内湾や河口の汽水域が住みかで、大きな回遊はしません。全長は最大で25cmを超え、寿命は6〜7年と思われます。

生態・・・
コノシロの生態は詳しくは分かっていませんが産卵盛期は4〜6月です。日没後1〜2時間の間に河口付近で群れをなし、一斉に放卵放精すると言われます。孵化した稚魚は汽水域にとどまりプランクトンを食べて成長します。冬には湾内の深みで越冬し、1年で10cm、2年で15cm、3年で17cmくらいになります。成熟は早く、1年後には産卵行動に参加します。

鮮度の良いコノシロはウロコがキラキラ光ってとても美しい姿をしています。ところが、この姿を長くとどめていることはできません。ウロコは剥がれやすく鮮度劣化が速いのです。また、小骨が多く生臭みが強いため、調理に工夫が必要です。大昔から人里近くに住み、容易に手に入る貴重な食料でしたが、それだけに長い間雑魚扱いされていました。

名前の由来・・・縁起が悪い魚?良い魚?
昔から人間は勝手なもので、これは縁起が良いとか悪いとか決めつけて、褒め称えたりけなしたりの言い放題。しかもその理由たるや単なる知識不足だったり、ダジャレだったりで、結構面白い話?も多いですね。さて、コノシロの場合はと言いますと・・・。

コノシロの由来は、かつて、飯の代わりになるほど大量に獲れたことから、「飯(コまたはコオ)」プラス「代(シロ)」で「飯代魚」となったと言わます。とても解りやすい名前なのですが、これが後の世に思いもかけない難癖を付けられることになります。

コノシロを食うは「この城を食う」と同音で縁起が悪い。ましてや「この城を焼く」など言語道断。武士は食べてはならぬ!というお上のお達しで、フグやマグロなどと共に大真面目に禁止されました。フグは毒にあたる恐れがあるので解りますが、マグロ(本鮪)の場合も別名のシビが「死日」と聞こえて不吉だからだそうで・・・(^_^;)。

また、それより遡る昔から言い伝えられていたことに、コノシロを焼くと死人を焼く臭いがするとされていました。切腹の作法として、最後に与えられる魚がコノシロの塩焼きでした。そこで付いた名前が「切腹魚」。また、傷むとすぐに腹が切れるからと「腹切魚」・・・。もう、縁起の悪さの極みですね。

ところが、縁起良しとする話もあります。コノシロを「児の代」または「娘の代」と表記することがあります。これは幼子、娘の代役という意味です。出産児のあるいは今で言う入学時の健康を祈って、コノシロを地中に埋める風習がありました。また現代でも、正月の祝い膳にはコハダの粟漬けが入っています。いずれにしてもダジャレから生まれたことではありますが(^^)。

江戸前鮨の主役・・・「鮨は小鰭(こはだ)に止めをさす」
コノシロが不人気だった唯一最大の理由は、料理方法を知らなかったことです。関西などでは昔から煮たり焼いたりして美味しく食べていたのですが、「公方様のお膝元」では江戸前に溢れかえるコノシロを横目で見ながら、世間の目を気にして町民もやせ我慢していたようです。

そんな中、江戸時代も後期になって発明されたのが「塩をして酢で締める」というものでした。これが旨いと評判になり、瞬く間に江戸っ子の大好物へそして江戸土産へと出世していきました。そしてこれが古鮨(なれずし)と結びついて、江戸末期には江戸前の握り鮨の主流となっていくのです。

この様子をしばらくの間指をくわえて眺めていた武士達に町民から朗報が届きました。「お侍さん。この魚はコハダと申します。」「何、コノシロではなくコハダと申すか。うん、ならば食おう。」それ以来江戸では、どんなに大きくなってもコハダと呼ぶのです・・・・(^^)。

現代でも江戸前鮨では「鮨は小鰭(こはだ)に止めをさす」と言われます。コハダの塩加減、酢締めの加減は鮨職人の腕の見せ所で、その鮨屋の看板にかかわります。また、通人の間では味の濃いコハダは最後の締めに食べるものとされたとも言われます。江戸前鮨の真骨頂、それがコハダなのです。

おとなり韓国では・・・「盆に娘を呼び戻す魚」
韓国ではコノシロを「ジョンウオ」と呼びます。国民的人気のある魚です。とくに釜山から南西部の旧盆(9月下旬)には欠かせません。刺身や塩焼き、塩辛などで盛んに食べられています。「ジョンウオを焼く臭いに惹かれて、嫁いだ娘も家に戻ってくる」ということわざもあるそうです。本当はそれほど懐かしく良い匂いなのです。コノシロを焼く臭いは( ̄^ ̄)。
この時期には毎年、刺身用の活魚を中心に相場が数倍にも跳ね上がります。この需要期に合わせて日本からも生鮮コノシロが大量に輸出されています。

正真正銘の出世魚・・・小>大!?
コノシロは出世魚としても知られます。大きさはもちろん「小<大」ですが、値段はとんでもなく「小>大」です。東京・神奈川での呼び名は、シンコ コハダ ナカズミ コノシロですが、その大きさの基準はあるようでないです。目安としては握り鮨1カンに使う量を物指しにして、2尾付けまでがシンコ。この時の大きさは6〜7cm以下。コハダは1尾か半身付けで12cm以下。ナカズミは半身付けで15〜16cm以下。コノシロは握りには使わず17cm以上、と言ったところが最大公約数のようです。

ところで驚きなのはその値段です。早春生まれのシンコは走りの時期の5月頃には1kg当たり数万円という信じがたい高値が付きます。もちろん初物を握り鮨にするためです。もっとも、これは東京だけの相場ですが。それが季節の移ろいと成長に伴い値段は急激に下がり続け、大きさによってはわずか数百円にまで下がります。

コノシロパワー全開!-----栄養豊富です(^^)
良質なタンパク質、脂肪ともに豊富です。脂質には血栓防止などに役立つEPAや脳神経細胞機能の維持に役立つDHAが含まれ、骨を強化するカルシウムがとくに多く、その吸収を助けるビタミンDも豊富。造血に不可欠な鉄とその吸収を促進する銅なども豊かで、さらに、脂質の酸化を防止して細胞膜を守り若さを保つビタミンEも含むという優良食品です。

目利きのポイント
もしも売場で生鮮のコノシロを見つけたら、ここをチェックして下さい。できるだけウロコが残っていること。体に張りがあって背側の点線模様が鮮明であること。黒眼が明瞭であることです。

エンジョイ・クッキング----
定番の酢締め以外であれば大きさにもよりますが、刺身、塩焼き、味噌焼き、煮付け、揚げ物にもします。南蛮漬けやマリネも美味しいです。大きくなるほど小骨が気になりますので、両面に5mm位の間隔で中骨に当たるまで切れ目を入れます。こうしてから焼けば小骨もまったく気になりません。


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