◆◇◆いなせな魚の話◆◇◆
ボラという名前は知っているけれど、見たことも食べたこともないという人が多いのではないでしょうか。少なくとも当地では流通量は少なく、品揃えする小売店もまれです。でも、江戸前の海がきれいだった昔は当地でもとても親しまれた魚でした。旬は秋から冬。特に「寒鯔」はことのほか美味と言われます。
▼ボラってこんな魚です
ボラは「スズキ目・ボラ科」に分類されます。世界中の熱帯、温帯域の沿岸、河口付近に住んでいます。日本では北海道以南の沿岸や川の下流でごく普通に見られます。ほぼ円筒形で胴が太く、大きな尾ビレがあります。背中は暗青色で腹は銀白色、全身大きなウロコで覆われています。沿岸域で見られるのは40〜50cm位までですが、最大80cmほどになります。
▼生態・・・
ボラは成長と共に名前の変わる<出世魚>です。産卵の場所等はまだハッキリ分かっていませんが、南日本や南方の外洋で、11月から1月頃に産卵しているようです。孵化した子供達は暖流に乗って春に各地の沿岸に群れをなして寄せてきます。この時の体長が2〜3cmで、ハクとかキララと呼ばれ美しい銀白色をしています。
3〜18cmになるとオボコとかスバシリと呼ばれ、川の下流域で過ごします。秋にはさらに成長してイナになります。晩秋から冬になると内湾の深みで越冬します。そして翌年の春には2才魚となり再び浅瀬に戻ってきます。30cmに成長すると、もう一人前のボラです。
ボラはとても臆病で俊敏です。そして、その素晴らしい跳躍力でも知られています。トビウオのような滑空ではなく、真上に1m50cmほどまで飛び上がり、八の字を描いて頭から着水するという特技を持っています。秋の夕べの風物詩であったそうです。
沿岸域に住み着いたボラの子供達やボラは、砂泥底をなめ回して虫や藻を泥ごと食べます。このため環境が汚染された湾内などに住むボラは、泥臭さや油臭さが付いて食べられないことがあります。これが東京湾のボラがいつしか不人気となった一番の原因です。海を汚した張本人の人間からは敬遠され、安心安全な住まいを失ったボラの数は減っていました。
▽ボラの大群出現
ところがです。今年の春2月、東京は品川区の立会川に数知れぬほどのボラの大群が押し寄せました。盛んに報道されたので覚えている方も多いですよね。立会川といえば平成8年の東京都の水質調査で見事!?ワーストワンとなった悪名高いドブ川でした。それが、地下水をくみ上げて川に放流するという水質改善?効果でボラが戻ってきたと大喜びの報道でした。でも、それって、汚れを薄めただけのような気もするのですが・・・(^_^;
▽とても身近な縁起のいい魚です
ボラは古来から重要な食用魚としても、縁起のいい出世魚としても親しまれてきました。関東では祝い魚として、生後100日目のお食い初めに使われたり、江戸時代には伊勢参りの縁起物として<イナ料理>が藩の重要な財源となっていたなど、各地にボラにまつわる話が残っています。また、現代に伝わる言葉としても、ボラがいかに身近な存在だったかが分かります。
・おぼこ :まだ世間のことをよく知らず、世慣れていないこと。
・青二才 :「青」は未熟なこと。「二才」はボラなどの幼魚をたとえたもので、年若く経験に乏しい男のことです。
・いなせ :江戸日本橋魚河岸の若者が髪を「鯔背銀杏(いなせいちょう)」に結っていたところから、粋でいさみはだの若者を指したり、その容姿や気風を指す言葉になりました。「いなせな法被(はっぴ)姿」などといいますよね。今流に言うと「イケメン」ですか(^^)
・とどのつまり :ボラがさらに成長すると最後に「とど」と呼ばれます。このことから結局、ついにという意味で「とどのつまり」となりました。生まれてから日本各地の沿岸域で過ごしたボラは4、5年魚のトドとなり、晩秋には産卵場所を求めて姿を消していくのです。
▽ボラにはヘソがある!?
ボラにはヘソと呼ばれる箇所があります。魚類ですからもちろん本当のヘソではありません。エサを泥ごと食べるため、ボラの胃袋は頑丈にできていて特に幽門部(出口)はニワトリの砂袋に相当するものがあり、これを「ボラのヘソ」とか「ソロバン玉」と呼びます。これはアンコウの肝と並び称されるほどの珍味です。醤油のつけ焼きで食べるのが最高といわれます。
▽日本の三珍<からすみ>は輸入品!?
ボラの卵巣を塩漬けにして干し固めた物がコノワタ、ウニとともに「天下の三珍」と言われる「カラスミ」です。ところがこのカラスミは、日本古来の物ではなく、トルコ、ギリシャで考案された製法が中国経由で400年ほど前に日本に伝わったものだそうです。ちなみに、このカラスミが献上された、時の権力者は豊臣秀吉でした。
▼食べ方
もちろん、日本各地にはきれいな内湾もたくさんありますし、油臭くない、本来のボラがたくさん獲れます。まだ食べたことのない人は決して食わず嫌いにはならないで、是非機会を作って食べてみて下さい。代表的な食べ方は、洗いにして辛子酢みそや生姜醤油で。焼き物の場合はもろみや醤油のつけ焼きで。洋風ではフライやワイン煮でどうぞ。
■メールマガジン<お魚よもやま情報>2003年9月号