◆◇◆片思いの貝の話◆◇◆
「磯の鰒の片思い」ということわざは、何とも切なく甘美に響きますね。いにしえの万葉人の姿が浮かぶようです。アワビは二枚貝の片割れのように見えるため、万葉人は片思いをアワビに喩えたのです。遙か時代が移って現代では、食べたくても滅多に食べられない、高嶺の花のアワビに片思いしている人が数え切れないほどいますよね。もちろん、私もその一人です(^^)。
▼アワビってこんな貝です
皆さんよくご存じのアワビは一枚貝のようにも見えますが、れっきとした?巻貝です。普通の巻貝は螺旋(らせん)が段々太くなるのですが、アワビはいきなり太くなるため平べったい耳形、皿形をしているのです。ゴツゴツした貝殻には煙突状の孔(あな)が一列に4〜5個並んでいます。この孔の下にはエラや肛門があって、水の取り入れや、糞の排泄、卵や精子の放出などを行います。殻の内側は光沢のある美しい真珠色です。
アワビの仲間は世界中に約100種、日本には10種が分布しています。その中でも一般にアワビと呼ばれているのは、クロアワビ、エゾアワビ、マダカアワビ、メカイアワビの4種で、当市場で流通している活アワビのほとんどは漁獲量の多いクロアワビとエゾアワビの2種です。アワビをそのまま小型にしたようなトコブシも分類上は同じ「ミミガイ科」の仲間で、その10種の中に入ってはいますが、アワビと同列に扱われることはなく、価格もかなり安めです。
暖海性のクロアワビは太平洋側では房総以南、日本海側では秋田県以南に主に分布しています。殻長は15〜20cmになります。一方、エゾアワビは寒海性で名前の通り、北海道、東北、常磐に分布し、10cmほどにしかなりません。当市場ではどちらも生貝と呼ばれています。
▼生態・・・
▽アワビの寝床
アワビの住みかは、洞穴や岩石の割れ目、転石の周囲や岩盤の上などの、餌となるアラメ、カジメなどの海藻が群生する場所の近くです。でも、アワビはサザエなどと違い、近くに餌となる海藻が群生していてもそこまで歩いて行って食べるということはしません。辛抱強くその場で、藻の切れ端が流れてくるのを待つのです。あれ?vol.49の「出不精な魚/アイナメの話」に似ていますね。でも、アワビはその遙か上を行っています。広い海の中でもアワビにとって住みよい場所は競争率が高いのです。
アワビを獲るとその跡は、周囲と違ってくっきりと岩の地肌がむき出しになっています。これはアジロ、アナバ、ナシロ等々各地で様々に呼ばれていますが、言わば「アワビの寝床」なのです。空き家になると数日のうちに別のアワビが引っ越してきます。ですからこの寝床をいかに多く抑えているかが、アワビ獲り名人になるための必須条件なのです。
▽産卵
アワビの産卵は水温が20度位になると始まります。クロアワビは10〜11月、エゾアワビは8〜10月頃です。産卵が近づくと食欲が減るので、身の太る旬はクロアワビが晩春から夏、エゾアワビが秋から春です。
外見では区別できませんが、アワビにはオスとメスがいます。産卵期には殻の孔から煙り状に放出された卵子と精子が海中で出会うわけです。受精した卵はわずか一日で孵化します。その後3〜10日浮游生活を送ってから定着生活に移ります。アワビの成長は遅く、10cm位になるのにクロアワビで4年、エゾアワビはもっと遅くて7〜8年もかかります。
※アワビのオスとメスは、貝殻をはずさないと判別できません。わた(生殖素)がクリーム色をしているのがオス、濃緑色をしているのがメスです
▼アワビ漁
昔ながらのアワビ漁として知られているのは「海女(あま)」と「覗突き(みづき)」です。アワビは岩に強く張り付いていますので、この漁法が最適なのです。どちらも熟練の技です!
▽海女
古くから各地で重要な漁法として海女漁(男性の場合は海士と書きます。)が今に伝わっています。中でも特に有名なのは伊勢志摩ですね。白い磯着の海女たちがあわび獲りを競う菅島のしろんご祭りは、何と七百年も前から続くものだそうです。ご存じの通り漁法はいたってシンプル。海女がアワビを剥がすためのノミのような道具を持って素潜りで獲るのです。この時、20kgもある重りを抱え一気に海底まで沈んで、息の続く限り海底で獲物を探します。そして、海面へ浮上するときに腰ひもに結んだロープを引いて船上で待つ夫(相方)に合図を送るのです。その合図で夫は瞬時にロープを巻き上げます。海女も操船する夫も熟練と極度の緊張感を強いられる重労働です。
現在ではもちろんウェットスーツや足ヒレなど潜水用具も格段に進歩しましたので、白い磯着の海女姿はまつりの時にしか見られなくなったそうです。
▽覗突き(みづき)
この漁法の名前を知らない人が多いと思いますが説明すれば、ああ、あのことなのと納得すると思います。小型の漁船の上で、足か手を使って櫂(かい、オール)を漕いで船を操り、船べりから身を乗り出して箱眼鏡で海底を覗きます。これだけでもかなり不安定なのに、空いている方の手で先端に鉄の鉤(かぎ)を付けた長い竿を握って、岩に張り付いたアワビを引きはがして獲るのです!これはもう名人芸としか言いようがありません!
▼昔語り
万葉集にはアワビが11首にも登場します。この時代にはすでに「アワビの地位」は確立されていたわけです。それどころか中国、秦の始皇帝が不老不死の薬として日本のアワビを求めたという伝説さえあります。始皇帝と言えば紀元前3世紀の人ですから、真偽は別としてそれほど大昔から特別な貝とされてきたということなのですね(^^)。
▽熨斗(のし)
贈答品の習慣として「熨斗(のし)」を付けますが、印刷されていたり貼ってあったりするあのマーク、思い出してみてください。黄色の細長いものを紅白の紙で恭しく包んでいます。その黄色の細長いものが実はアワビなのです。アワビを乾燥させてリボン状にむき伸ばしたものをノシアワビと言います。もともとは慶事の贈答品として持参したのが始まりで、やがて形式化され贈答品のシンボルとして位置づけられるようになったそうです。現在でも三重県の伊勢神宮には、古来の熨斗鰒が毎年奉納されています。
▽鰒玉(あわびたま)
今では真珠と言えばアコヤ貝ですが、天然の真珠はアワビにも宿るのです!そもそも真珠ができるのは、貝類が自分の体を守ろうとする働きによります。何かの拍子で体に入り込んでしまった異物を真珠層を分泌して包み込み、滑らかにしようとした結果、真珠が産まれるのです。貝類にとっては迷惑な侵入者ですが、人間にとっては美しい宝石に映ります。このアワビ生まれの真珠は、鰒玉(あわびたま)として万葉集に登場していますし、東大寺のご本尊の宝冠にもあしらわれているそうです。
▼アワビパワー全開!
アワビは低脂肪、高たんぱくでカリウムや銅が比較的多く含まれています。独特のうま味は、グルタミン酸やイノシン酸によるもので、これらは肥満や高血圧の予防と改善に役立ちます。またアワビには、神経を安定させる作用があり、眼や耳、脳の神経などいろいろな神経の疲れからくる合併症に効き目があることが分かっています。特に内臓には、視神経の疲労回復に効果がある成分が含まれています。
但し、東北地方には昔から「春先のアワビの内蔵を食べさせるとネコの耳が落ちる」という物騒な言い伝えがあります。これはアワビの内臓には2〜5月頃に毒性を持つものが現れることがあるので、内臓をたくさん食べないように注意しなさいという戒めです。最近ではアレルギー物質の表示が義務付けられていますが、それもアワビのこの毒性のことで、光過敏症の要因だそうです。ちなみにエゾアワビ、メガイアワビ、トコブシなどの毒性が強く、クロアワビやサザエなどは弱いそうです。
▼目利きのポイント
当然ですが、何と言っても100%生きていること。指で押すと活きの良いものは身を締めますので、コッソリと一度だけやってみてください(‥ゞ。そして、身に傷がなく、肉厚なものを選んでください。
▼調理のコツ・・・
塩を振ってタワシでこすりすぎると、身が締まりすぎて歯が立たなくなりますので、刺身で食べる場合は程々にしてください。
高級品のアワビは生食以外ではもったいないとか、1個では家族には行き渡らないと思っている方、思い切って是非一度これを試してみてください!秋にはマツタケご飯、年に一度は奮発したいもの。でも、その前の夏にももう一度だけ奮発してみて下さい、そう、アワビご飯です。ほのかな磯の香りと柔らかなアワビの食感が必ず幸せな気分にしてくれます。これならアワビ中型1個で4人前になりますよ。マツタケより安いかも知れません(^^)。
■メールマガジン<お魚よもやま情報>2004年7月号