◆◇◆アリストテレスの提灯(ちょうちん)の話◆◇◆

ウニと言えば今や高級寿司種の代名詞のようなもので、たまに、それも少量口にした時のとろける旨さがたまりませんね。それもそのはず、江戸時代にはウニはカラスミ、コノワタと並び「天下の三珍」として、すでにその地位を確立していたのですから。魚河岸には様々な容器に入った、様々な色、形状、産地、価格のものが一年中入荷しています。それらは味も様々です。日本人のウニ好きは大変なもので、消費量は世界の漁獲量の8割にも及びます。でも、それでいて意外とウニのことは知られていません。イガ栗の様な姿は思い浮かんでも、その殻の中がどうなっているのか見たことがある人は多分少ないでしょう。

ウニってこんな生物です
ウニは棘皮(きょくひ)動物門ウニ綱に分類され、世界に900種以上、日本には約180種が分布しています。ただし、その中で食用にされるのはごくわずかです。オオバフンウニ科のエゾバフンウニ、キタムラサキウニ、バフンウニ、アカウニ、ナガウニ科のムラサキウニ、ラッパウニ科のシラヒゲウニなどわずか十数種にすぎません。棘の長さや色、形は様々です。その姿からブンブクチャガマとかタコノマクラといったユーモラスな和名を持ったウニもいます。

棘皮動物とは外皮にトゲを持つ動物で、ヒトデに代表されるように五相称型といって、体内のすべての器官が5方向に放射状に並んでいることが基本になっています。外見からそうは見えないウニやナマコもこの仲間です。

ウニは足が速い...<;O_o>
ウニの殻は小骨板がモザイクのように組み合わさっていて、その一つ一つから棘が生えています。この棘は一見、栗のイガのように固く固定されているかのようですが、根本は筋肉でくっついていて、緩やかに動かすことができます。また、この棘の間から細いゴムチューブのような管を数百本も出しています。これは管足(かんそく)と呼ばれ、管の中を流れる水圧の調節で伸縮自在、先端は吸盤の役目も果たします。ウニはこの棘と管足を器用に使って自在に移動するのです。垂直な壁でも平気です。そして、その速度は想像以上です。何と分速1m(^-^) 。ナマコやカタツムリの10倍です!(^_^;

アリストテレスの提灯とは
ウニに眼はありませんが、管足が感覚器官の働きもします。そして、口はもちろんあります。球体が棘で覆われているため上下が分かりにくいのですが、海底をコロコロ転がっているわけではなく、決まった姿勢で岩などに張り付いています。この時、口は棘のない下側の中央にあります。口には歯に相当する提灯形の咀嚼器(そしゃくき)が5枚付いています。この歯はフジツボなどの固い殻までかじり取れるほど強力で、日本での正式名称を「アリストテレスの提灯」といいます。

アリストテレスといえば紀元前のギリシャの高名な哲学者ですが、「動物学の祖」としても知られます。地中海でウニを研究し、初めてこの歯について書き記したことから命名されたようです。アリストテレスとウニ、何とも不思議な縁ですね。アリストテレスもきっとウニを食べていたのでしょう。

天然水洗・・・
それでは排泄口はといいますと、口と反対側、つまり頭のてっぺんにあります。人間の感覚でいうと天地が逆なのです。でも、ウニにとってはこの姿勢こそ、エサである海藻が食べやすく、排泄にも都合のいい自然な姿です。自分のフンが体にかからないかって? んな訳ありません。潮流の天然水洗ですから。

昔は嫌われ者
ウニを食用にする習慣は、古くから日本と地中海沿岸に見られまました。有史以前の遺跡などからウニの殻が出土しているのです。日本で書物に記されたのは8世紀初頭の「養老律令」が最古とされます。食に対する探求心の旺盛な中国でも、仲間のナマコをあれほど珍重したのに何故かウニは食べませんでした。もっとも、ウニの加工技術を日本に伝えたのはその後の時代の来朝僧侶たちでした。今やウニ漁獲量のトップを争う米国にいたっては、つい最近まで漁場を荒らす有害動物としてウニを「駆除」していたほどです。ウニの英語名は「sea urchin」、「海のハリネズミ」と訳されますが、直訳すれば「海の悪ガキ」です(^^)。それが「有望輸出品」であることを知って、態度を一変させ今日に至っています。

ウニは日本でさえ昆布を食べる有害動物として嫌われていた一面もあります。かつてはウニやヒトデなどが異常発生すると、昆布などの海藻を食い尽くす「磯焼け」に至って、大きな被害を出すこともありました。

生態・・・
国産のウニでは冷水系のエゾバフンウニとキタムラサキウニで総漁獲量の4分の3を占めます。エゾバフンウニは東北から北海道にかけて、キタムラサキウニは太平洋側ではそれより少し南まで、日本海側ではほぼ全域に分布しています。いずれも潮間帯から水深70m付近にまで生息します。住みかは好物の昆布やアラメなどの海藻の繁る岩場です。昼間は岩陰に潜み、夜になると活動を始めます。と言っても、昆布などによじ登って食べるのではなく、岩に付いた藻や流れてくる藻を食べるのです。この時、棘が流れ藻を引っかけるのにも役立ちます。

産卵期は地域によってかなり異なりますが、両者ともだいたい9〜10月頃です。ウニは雌雄異体で体の頂上部にある生殖孔から精子、または卵子を一斉に放出して受精します。ウニの幼生はV字を四つ重ねたような奇妙な格好をしていて、海中を漂っています。1ヶ月以上を経て稚ウニに変態し、海底生活へと移ります。エゾバフンウニは1年で16mm、2年で30mm、4年で55mm位に成長します。キタムラサキウニは同じく5年で60mm位になります。

ウニは超長寿!?
ウニの寿命は7〜15年と思われていました。ところが、つい最近米国の研究チームが、環境次第では200年以上も生きると発表して世界を驚かせました。しかもその間、生殖能力も衰えないと言います。ウニの出現は5億年前にさかのぼります。気の遠くなるような長い間、進化することもなく、ただひたすら子孫を残し続けてきたのがウニなのです! そんなウニですから200年生きても何の不思議もありません。

ウニの旬は一年中?
ウニとして食べているのは成熟していない生殖巣(卵巣と精巣)です。殻の赤道に沿って割ると五つの房が放射状に並んでいます。これが生殖巣で、産卵に向けて栄養を蓄え成長します。旬は産卵の1〜2ヶ月前、成熟する手前です。産卵期を過ぎると殻から取り出しただけで身が崩れたり、味が悪くなります。

このようにウニの旬は一年中という訳ではありません。それぞれの漁場で禁漁期間もあります。それでも通年美味しいウニが食べられるのは、地域によって産卵期がずれることと、いろいろな種類のウニが国内ばかりではなく、中国や朝鮮、アメリカ、カナダ、チリなどから輸入されているためです。また、冷凍、解凍技術の発達で旬の味を損なうことなく、長期保存も可能になっています。

ウニの出荷・・・ミョウバンは必需品?
当然のことですが、上質な海藻をふんだんに食べて育ったウニは美味いのです。ところが、プロでも外見でウニの身入りを判別することはできません。辺りの海藻の繁り具合を目安にしながらも、まずは数個を採り、割って身入りを確かめてから漁を始めるそうです。

ウニは生食用や加工用に出荷されますが、どちらにしても殻から身を取り出す作業は現地で手作業で行われます。この時、身崩れを防ぐために食品添加物のミョウバンを使います。ミョウバン自体の風味は濃度が低ければ、まったくと言っていいほど感じないのですが、多すぎる場合には苦みを感じます。ちなみに、ミョウバンには防腐効果はありません。このミョウバンを使わない「塩水漬け」のウニもあります。人工海水にウニを浮かせた製品です。

名前の由来・・・漢字は使い分けます
ウニの語源は不明ですが古くは「宇爾・宇仁」などの字が当てられていました。今では一般的に「海胆・海栗」と表記します。どちらも姿を想像できて分かりやすいですね。他に「雲丹・海丹」とも書きますがこちらは塩蔵加工したウニに用います。地方名では北海道や東北、北陸などでバフンウニをガゼとかガンジョと呼びます。

ウニパワー全開! 栄養満点です(^^)
ウニは多くのミネラル分が含まれた昆布などの海藻をエサにしており、栄養素の宝庫です。ウニ独特の鮮やかなオレンジ色はビタミンAに似た働きをする物質によるもので、皮膚や粘膜を健康な状態に保ち、老化予防やがん予防にも効果があります。また、貧血予防や心臓の働きを強くする、血圧を下げる、不整脈の改善、動脈硬化の予防、肝臓機能の強化など多くの効能を持つタウリンも豊富です。これほど栄養価の高いウニです。できれば、ちょくちょく食べたいものですね・・・。

目利きのポイント
色は赤身が強いものと白っぽいものがありますが、いずれにしても色がきれいで黒ずんでいないもの。葉(粒)が小さくて形がこんもりとしていて水っぽくないもの。溶けかかっているものや表面に汗をかいているものは避けて下さい。これらを全て満たしていれば鮮度は勿論、味もいいはずです。もう一つ大きな決め手はやはり値段です。品質の高いものをダンピングすることは普通はしません。

食べ方・・・
「ウニ料理に名人芸はいらない。必要なのは鮮度だけ。」と言われる通り、ウニは生で食べるのが一番です。冷や奴やスライスしたキュウリにのせたり、炒めたホウレン草と和えたりと少量でもウニの旨味を楽しめる食べ方がおすすめです。


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2005年5月号