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◆◇◆一夜に三里走る貝の話◆◇◆
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 ハマグリは縄文時代の貝塚から最も大量に出土する貝です。それはアサリやシ
ジミの比ではありません。何と全体の8割がハマグリだそうです。いずれの貝
も容易にふんだんに採れたのでしょうから、その中からハマグリが最も好まれ
たのは頷けます。ところが現代では、特に近年は、本家ハマグリは絶滅の危機
が心配されるほど激減してしまいました。店頭で容易に安価に手に入るハマグ
リは、標準和名のハマグリとは別物です。中国や韓国から大量に輸入されてい
るハマグリはシナハマグリで、地ハマグリと表示されている国産物はチョウセ
ンハマグリという標準名をそれぞれ持っています。

▼ハマグリってこんな貝です・・・
 ハマグリの表示については原産地は厳しく指導されますが、標準和名につい
 ては触れられないこともあって、すべてがハマグリと呼ばれています。当市
 場では、輸入物はハマグリ、国産物は地ハマグリと区別して流通しています。
 本家のハマグリは皆無に近い状態です。

 ハマグリはマルスダレガイ目マルスダレガイ科に分類され、ハマグリの他に
 チョウセンハマグリ、シナハマグリ、アサリなどの仲間がいます。姿は丸み
 を帯びた三角形で、前縁は丸く後縁はややとがっています。殻の表面は油を
 塗ったように滑らかで光沢があり、色や模様は変化に富んでいて、中には濃
 い単色の物もあります。
 チョウセンハマグリは殻が全体的に厚く、腹縁の丸みがあまりありません。
 シナハマグリは殻長(横幅)があまりないため丸みが強く、表面はつや消し
 状で、模様も点や山形が多いのが特徴です。
 しかし、これらを正確に見分けることはかなり難しくなっています。という
 のは、輸入のシナハマグリが浜にまかれ、国産物との混血が相当進んでいる
 からです。ハマグリの世界でも生態系の破壊が深刻です。

▽ひな祭りとハマグリ
 今でもひな祭りに欠かせぬ食べ物として、ハマグリは人気があります。女の
 子の成長と幸せを祈るひな祭りにとってハマグリは重要な意味を持っていま
 す。ハマグリの二枚の貝殻をはずしてしまうと、他の貝殻とピタリと合うこ
 とは決してありません。このことから、夫婦和合と女性の貞節の象徴として
 ひな祭りの祝い膳にハマグリが登場することになりました。
 白酒や草もち、菱もち、ひな人形・・・その一つ一つに、我が子を思う親の
 切なる思いが込められているのです。

▼生態・・・
 ハマグリはアサリやシジミにも増して、環境の変化、特に汚染には弱い貝で
 す。北海道南部から九州までの内湾汽水域の干潟を好みます。朝鮮半島や中
 国大陸にも分布します。これに対してチョウセンハマグリは茨城県以南の波
 の荒い外洋に面した砂地が住みかで、朝鮮半島や中国にも分布します。
 シナハマグリは日本には分布していません。

 産卵期は6〜9月で、メスは卵を、オスは精子を出水管から放出して体外受
 精を行います。受精すると一昼夜で浮游幼生となり、約3週間で0.3mm
 ほどの稚貝に成長して海底生活に入ります。入水管から海水を取り込み、酸
 素とエサになる植物プランクトンや有機物を吸収します。1年で2cm、2
 年で3cm〜、5年で5cm〜になり、最大で10cm位になります。寿命
 は7〜8年、チョウセンハマグリは10年以上と言われています。

▽一夜に三里走る貝!
 環境の変化に敏感なハマグリは、アサリやシジミにはない能力を備えていま
 す。海中を走るがごとく素早く移動できるのです。ハマグリは1〜3mにも
 及ぶ粘液の紐を分泌し、これを使って移動します。潮の干満を利用するとそ
 の分速は1mに達すると言いますから「ハマグリは一夜に三里走る」という
 言い伝えがあるのも納得できます。少し大袈裟ではありますが(^^)。ただ、
 この紐の使い方は調べきれませんでした。潮の干満を利用してロッククライ
 ミングの懸垂下降の要領なのか、それとも投げ縄の要領なのか、できればそ
 の現場を覗いてみたいものです。

▼旬と産地・・・その手は桑名の焼き蛤
 「その手は桑名の焼き蛤」という洒落は現在でも使われます?が、東海道五
 十三次の名物でした。この時代にはもちろん、昭和40年代でも三重県桑名
 市では3千トンものハマグリを水揚げしていました。ところが、その後急激
 に減少し続け、近年では数十トンにすぎません。どこも事情は同じですが、
 他には熊本県などでも水揚げされています。チョウセンハマグリも同じく激
 減していますが茨城県や宮崎県などが主産地です。

 ハマグリは夏場が産卵期ですので、身が太る旬は春です。水温の下がる冬に
 は成長が止まりますが、栄養分が蓄えられているので旨味とコクは増してい
 ます。古くは、旧暦3月のひな祭りが、ハマグリの食べ納めとされていまし
 た。

▼名前の由来・・・
 最も有力とされるのは「浜栗」説です。浜で採れる栗の実形の貝だからです。
 そのものズバリで異論の余地がないようですが、もう一説に「浜小石」説が
 あります。「ぐり」とは小石のことで、砂浜の小石ほどたくさん採れるから
 というものです。また、シナハマグリは支那蛤で、原産国である中国大陸沿
 岸を指しています。それでは、チョウセンハマグリはと言うと?

▽チョウセンハマグリ!?
 漢字名は広辞苑でも朝鮮蛤とされていますが、この由来は朝鮮産という意味
 ではありません。本家ハマグリに対して異国的なという意味で朝鮮が頭に付
 いたようです。今や地ハマグリと言えばチョウセンハマグリのことで、大産
 地である茨城県の鹿島灘では「汀線蛤」の字を当てて、汀線、つまり渚から
 水深10mの外洋に生息するからこの名が付いたと説明しています。しかし、
 この標準名は誤解を与えるとして、敢えて「鹿島灘蛤」という名前で売り出
 しています。

▽蜃気楼伝説
 ハマグリにまつわる伝承は中国にも数多く残っています。その中でも面白い
 ものに「雀海中に入って蛤となる」というのがあります。古代の中国ではハ
 マグリは雀の化身と信じられていました。後に物事は移ろいやすいという意
 味の諺になりました。また、中国では大蛤を蜃と呼びます。この蜃の吐く気
 によって海上の空中に楼閣が現れると信じられたのです。そうです蜃気楼で
 す。蜃気楼は、実は大蛤のあくびが原因だったのです(^^)。

▽蛤御門
 京都御所に蛤御門と呼ばれる有名な門があります。幕末に長州藩が薩摩・会
 津連合と戦って破れた「蛤御門の変」として歴史の教科書にも登場します。
 この門は元来は新在家御門と呼ばれ常に閉ざされていました。それが「宝永
 の大火(1708年)」の際に初めて開門されたことから「焼けて口開く蛤
 御門」と言われ、その後蛤御門と呼ばれるようになりました。このような大
 災害の後でも衰えない庶民の機知とパワーに拍手を贈ります。

▼貝合わせと小倉百人一首
 平安貴婦人の優雅な姿と重なる貝合わせ。この時使う貝はもちろんハマグリ
 です。アサリやシジミでは小さすぎます(^^)。そのハマグリの殻の内面に描
 かれていたのは、絵や文字です。殻を伏せておいて、トランプの神経衰弱と
 同様、合うものを捜すという遊びです。これが江戸時代になって「歌貝」と
 いう遊びを生みました。和歌の上の句と下の句を書いた貝を合わせるのです。
 小倉百人一首の原形です。材料は扱いづらい貝殻から、貝形の厚紙、そして
 今に伝わる歌留多へと変わっていき、そのルーツがハマグリであったことは
 遠に忘れ去られました。

▼日向はまぐり碁石
 加工品というと食べる方にばかり気を取られますが、ハマグリの場合には忘
 れてはならい物は碁石です。日向のハマグリ碁石と言えば、知る人ぞ知る、
 白碁石の最高峰なのです。囲碁の歴史は古く、中国から伝わったもので、碁
 石は石や木、宝石などで作られていました。それが明治の初期にハマグリを
 くり抜いて磨くという製法が発明されました。その材料として選び抜かれた
 のが日向のハマグリでした。以後、伝統工芸として現代に伝わり、今や碁石
 の最高級ブランドとして知られています。

▼目利きのポイント
 殻の色つやが良く、口をしっかり閉じていること。ただし、口を閉じていて
 も死んでいるものもいるので、ハマグリ同士を打ち合わせてみて高く澄んだ
 音がするものは生きています。死んでいるとボコボコと鈍い音になります。
 また、臭いのするものはもちろんダメです。

★ハマグリパワー全開! 生活習慣病の予防に効果あり!
 ハマグリは肝臓の解毒作用を活発化するタウリンや粘膜を保護するビタミン
 B2、貧血の予防になるビタミンB12、さらにカルシウムや亜鉛も含んで
 います。生活習慣病、貧血、肥満等の予防に役立ちます。

▼調理のコツ
 ハマグリが持っている汁は旨味と栄養の宝庫です。これを逃がしてはいけま
 せん。ハマグリを殻のまま焼いたり蒸したりする時には要注意です。ハマグ
 リを加熱すると熱を加えた側の貝柱がはずれ、身が反対側の殻にくっついた
 状態で勢いよく口を開きます。この時、折角の旨味汁がこぼれてしまうので
 す。これを避けるには、火にかける前に蝶番の外側にある黒い突起(靱帯)
 を包丁で削り取っておきます。こうすれば口は開かず、蓋の役目も果たすた
 め汁が蒸発するのを抑えることができます。しかし、ここでもう一つ、要注
 意です。口を開かないため焼き上がり時が分からないのです。ハマグリは加
 熱しすぎは禁物です。旨味が逃げてしまう上に縮んで硬くなってしまいます。
 焼きハマグリの場合は中火の直火で3〜4分が目安です。焼き方が足りない
 場合は再度できますが、焼きすぎては元に戻せません。

      
 ■メールマガジン<お魚よもやま情報>2006年2月号