◆◇◆太陽と黒潮の申し子の話◆◇◆

以前は夏になると店頭でよく見かける魚だったのですが、最近は滅多に見かけません。獲れなくなっているというより、獲らなくなっているようです。この夏の「釣り情報」誌面にも、「相模湾にシイラの大群来襲」などと景気の良い見出しが躍っているのですから。それは神奈川では惣菜魚としては何故か人気薄で、魚河岸でも積極的に集荷しようとしないからです。なんてもったいない!その魅力と美味しい食べ方を知って見直して欲しい魚、それがシイラです。

シイラってこんな魚です
かなりの大型魚ですので、その姿を小売店で目にする機会は調理場を覗かない限りまずありません。普通は切り身、たまに刺身になって並んでいます。切り身にされた皮の色合いはブリ類を思わせます。

頭が大きく、板状の薄く細長い体は尾に向かって狭くなっています。頭の上から尾ビレのつけ根まで続く長く大きな背ビレと深く切れ込む大きな尾ビレを持つ、独特な姿をしています。背は青緑色、腹は金色をまぶしたような銀白色、体全体に藍色の小さな点が散りばめられています。その泳ぐ姿は息を呑むほど美しいといいます。シイラは大海原の表層を素早く遊泳するのに適した姿をしているのです。
ところが残念ながら、死後の体色の変化は急速です。背は紺青色、腹は灰色が勝り、くすんだ色になってしまいます。

また、シイラの大きな特徴は前頭部です。特にオスは成長するにつれて前頭部が異様に大きな角丸四角形になります。一方、メスは成長しても卵形です。このためオス・メスの区別は容易です。

太陽と黒潮の申し子
シイラは世界の暖海に広く分布しています。沖合性の強い魚ですが、夏が近づくと黒潮に乗って日本の沿岸部にもやってきます。夏の陽射しを浴びて輝く巨体が大きくジャンプする様は、まさに、太陽と黒潮の申し子です。

ハワイ名物:マヒマヒのステーキ
シイラは日本よりも外国で評価の高い魚です。トローリングが盛んな南太平洋や欧米では特にシイラの人気は高く、ゲームフィッシングとしてだけではなく、その料理も珍重される高級魚です。クック諸島マオリ語でマヒマヒと呼ばれるシイラ、そのステーキは、ハワイで日本人ツアー客にも人気の料理です。ハワイに行って初めてシイラを食べて感動したという日本人が多いそうです(^_^; 。

生態・・・大食漢で急成長&高い運動能力
シイラはスズキ目シイラ科に分類され、仲間にはエビスシイラがいます。日本近海では春から夏に北上し、秋から冬に南下するという季節回遊をしています。北限はおおむね三陸、山形あたりですが、海水温が高いともっと北上します。産卵期は春から夏で、1度に8〜100万個の分離浮性卵を産卵し、それを2〜3回繰り返します。受精卵の直径は1.5mmほどで60時間くらいで孵化します。仔魚は5mm弱、海面や流れ藻の下を浮游しながら動物プランクトンを食べて成長します。5cm位になると遊泳力も備わり、流れ藻に集まる他の魚の仔稚魚を食べるようになります。そして、15〜20cmになると流れ藻を離れ、数百尾の群れを作って集団生活を始めます。

満1歳で38cm、2歳で70cm、3歳で90cm、4歳で108cm、5歳で120cmに成長し、2歳の終わりには成熟します。最大で2mを超えます。また、成長につれて次第に群れの数が減り、3歳を過ぎると単独か雌雄で生活をします。成魚の食欲は並はずれています。昼行性で餌は表層のカタクチイワシ、トビウオ、マイワシ、イカ類、カワハギ、マアジなど何でも食べる大食漢です。この旺盛な食欲が急速な成長力と、時速60kmにも達するという遊泳力や跳躍力、万力(まんりき)という別名を持つほどの力強さなど、高い運動能力を支えているのです。

漂流物に集まります
仔稚魚期に流れ藻に集まる習性を持つ魚は多いですが、シイラは成魚になってもその習性を忘れません。回遊する際に、流れ藻や流木などの漂流物に集まるのです。この理由は諸説ありますが、シイラの居場所を敵!に知らせてしまう目印にもなっています(O.O;)。

漁法・・・シイラ漬け
シイラが最も好む海水温は25度位です。この海域が好漁場となり、6〜9月が盛漁期です。漁法は定置網や巻網、マグロ延縄、表層曳き網、そして、シイラ漬けと呼ばれる古くからの漁法も有名です。これは流れ藻に集まるシイラの習性を利用したもので、8mくらいの孟宗竹をたばねて組んだイカダ(漬木)をつなぎ沖合に浮かべ、これに集まるシイラを巻き網で漁獲するというものです。近年シイラの水揚げが多いのは、宮崎・長崎・鹿児島など九州各県や宮城、高知県などです。

シイラは夏のルアーフィッシングの主役です。ハリ掛かりした時の猛烈な引き、そのハリから逃れようと必死に走り回りジャンプを繰り返す迫力と魚体の美しさは、釣り人を魅了して止みません。

名前の由来・・・縁起が悪そうで、実は良い魚です
シイラの由来は「秕(しいな・しいなし・しいら)」です。これは殻ばかりで実のない籾(もみ)のことです。シイラも体は大きいが身が薄く食べるところが少ないから、ということです。また、シイラにとって水先案内となる漂流物は何でも構わないようで、時にはそれが動物の死骸であったりします。このことから、死人食(しびとくらい)などというとんでもない地方名さえあります。他には若魚時代に群れで遊泳する様から、万匹(まんびき)や十百(とうひゃく)、そして、シイラという名は縁起が悪いからと、万作(まんさく)や金山(かなやま)という名で呼ぶ地方もあります。「今日の晩飯は何だい?」と聞いて「死人食だよ、お前さん」と答えられたら・・・食欲なくしますよね。誰でも(..;)。

太陽と黒潮の申し子シイラはダイナミックで明るい魚です。また、夫婦仲の良い魚と言われます。それは、オスが釣り上げられると、メスはその船の後をどこまでも追いかけていくといった逸話が伝えられているからです。高知県では夫婦和合の象徴として、シイラの塩干物が結納に使われることがあるそうです。

英名は、dolphinfishとdorado。ドルフィンフィシュは、イルカのように素早く動き回ることから。また、ドラドはスペイン語の黄金(エルドラド:黄金郷)からの命名です。中国では鰍、日本ではこの字はカジカですが。
というわけで、シイラはとても縁起の良い魚なのです(^-^)。

目利きのポイント
切り身の場合は、皮目の色合いが明瞭で濃いこと、血合いが鮮紅色であること、身に透明感があることがポイントです。

エンジョイ・クッキング
鮮度の良いシイラが手に入れば、もちろん刺身でどうぞ。定番は照り焼きや塩焼き、ムニエル、バター焼き、フライなど揚げ物にも向いています。リーズナブルな惣菜魚です。是非いろいろ試してみて下さい。ワインを振ってマヒマヒのステーキにすれば、常夏のリゾート気分です。


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2006年8月号