◆◇◆オールを持つカニの話◆◇◆

京浜地区では標準名のガザミは聞き慣れない名前で、通称のワタリガニが一般的です。活物は周年入荷しますが、高価ですし家庭では料理に困るようで、もっぱら料理屋向けです。でも、このワタリガニを胸肉と脚を付けた状態にカットしたものが「切りワタリ」として鍋物材料の定番品になっているのでお馴染みですね。

ワタリガニってこんな魚です・・・
甲羅は横長で菱形に近く、緑色を帯びた暗褐色で甲羅の後方やハサミ脚には無数の白い斑紋があり、オスの方が青みが強く、腹側は白色です。甲は固くすべすべしていますが、前縁やハサミ脚には鋭い棘を持っています。ハサミ脚1対と歩脚4対がありますが、第4歩脚の先はボートのオールの様に扁平になっていて、遊泳脚と呼ばれます。メスの方が大きくなり、最大では甲幅が25cm、体重1kgにも達します。

ワタリガニは十脚目ワタリガニ科ガザミ属に分類されます。仲間にはタイワンガザミやジャノメガザミ、イシガニなどがいます。青森県以南の日本や韓国、台湾、中国大陸などの内湾に分布しますが、暖流の影響が強い年には、北海道南部まで北上することもあります。


商品価値は抱卵したメスが圧倒的に高く、切りワタリとして冷凍流通するのはオスです。でも、旨味成分はオスの方がメスの10倍も多いそうです。夏の季語であるように旬は初夏とされますが、この時季、メスの甲羅の中には産卵前の卵巣が充満しています。また、秋から冬、深場へ移動する時季は交尾後の太ったオスの身肉は、絹のような舌触りと甘味が最高です。四季折々、ミソと身肉の味わいそれぞれを楽しめます。

かつてはごく身近なカニ
昭和30年代までは東京湾でもたくさん獲れ、当時の品川から大森駅周辺などでも名物としてワタリガニを食べさせる料理屋が繁盛していたそうです。映画の「三丁目の夕日」には、これを食べるシーンはまだ登場していませんが、まさにこの時代、庶民の人気を独占したカニでした。

時代をさかのぼると遙か昔、弥生時代にはすでにワタリガニはたやすく手に入る重要な食料でした。料理方法は刺身か焼きガニでしょうか(^^)。

生態・・・
内湾部の水深数mから40m位までの砂泥底が住みかで、昼間は砂泥に潜り込み、夜間にエサを求めて活動します。この時、威力を発揮するのがオール状の遊泳脚です。ワタリガニの仲間は他の科のカニたちと違い、泳ぎが得意です。泳ぎながらエサを捉えることもできます。肉食性で貝類や小魚、エビ、カニなどが好物です。

交尾は水温が降下する秋に行われます。ペアになったオスは背後からメスを抱えたまま、メスが成熟して脱皮するまでの間、2〜5日間も待ちます。ようやく脱皮を終えたメスにオスは精子を渡します。その後、秋から冬に水温が14〜15℃くらいに低下するとエサを獲ることを止め、深場に移動して砂泥底に潜り込み越冬します。

水温が上昇する春には沿岸部の浅瀬に移動し、多くは初夏5〜6月に1回目、夏7〜8月に2回目の産卵をします。この時に初めてメスが体内で保管していた精子で受精するのです。産卵した卵はメスの腹部内で卵塊となり、2〜3週間後の夜間に孵化します。孵化したゾエア幼生は短時間の内に脱皮を繰り返しメカロパ幼生に変態して、1週間後に稚ガニに変態します。

稚ガニの成長は目覚ましく、水温とエサの量に左右されますが、6月産まれが10月には甲幅14cm以上、8月産まれが8cm位になって越冬します。1年で成熟し、寿命は普通2年ですが、まれに3年生きるものもいます。
ちなみに、海中を浮遊していた稚ガニが底性生活に入ってから親ガニに成長するまでの間に12回もの脱皮を繰り返します。普通、脱皮の度に甲幅は1.2倍ほど大きくなるのですが、エサが不足すると逆に縮むこともあるそうです(^_^; 。

また、脱皮直後の甲羅の柔らかいものは「やわら」と呼ばれ、身もあまり詰まっていないため、商品価値は下がります。

カニの横這い? --- 常識のウソ
「カニの横這い」という諺の通り、カニの歩行は横歩き、というのは常識?ですね。でもカニの世界では違います。全方位に歩けるもの、前後に歩けるもの、後ろ専門のものもいるのです。順にタカアシガニ、ズワイガニ、アサヒガニなどです。これは脚の付け根の太さと甲羅の形で決まります。ワタリガニは常識の通り、横歩き横泳ぎ専門です。

名前の由来・・・
標準名のガザミは、古語のカニのハサミを意味する「カサメ」が訛ったものと言われています。別名のワタリガニは海の中を遠くまで渡って行けることが由来です。地方名もたくさんあります。月夜ガニ、月待ちガニ、菱ガニ、カゼガニ、オドリガニ等々。

自切(じせつ)
カニ類は敵に襲われたり、岩の隙間に挟まったりすると自分でハサミ脚や歩脚を切り落として逃れようとします。トカゲと同じですね。これを自切と言いますが、失った脚は数ヶ月で再生します。ワタリガニは特に自切しやすいため、市場に入荷する活物はハサミ脚を折りたたんで輪ゴムなどで甲羅に固定しています。切れる場所は脚の付け根から2番目の関節です。切り口から体液が流れ出すこともなく、痛くも痒くもないのでしょう、多分。

脳しんとう!?
生きているワタリガニを焼く時などには、もちろん脚を固定している輪ゴムなどをはずさなければなりません。でも、自由にしてしまうといきなり熱を加えられた時に驚いて自切してしまいます。これを防ぐために一撃を加えて脳しんとう!?を起こさせ、その隙に料理をします。
と言っても、ワタリガニに脳はありません。ただ、これに代わる働きをする口部神経節が口の周りにありますので、ここをまな板などに強く打ちつけるのです\(__ )。

カニ用語:カニミソとガニ
よく聞く「カニミソ」。毛ガニのミソは最高と言われますが、ワタリガニも負けていません。ところでこのミソとは、「中腸腺」といって、他の動物でいうと「肝臓とすい臓をあわせた臓器」にあたります。脂肪やグリコーゲンが豊富で、コクのある濃厚な旨味の固まりですね。
また「カニは食うともガニ食うな」と言われる「ガニ」とは、甲羅をはずすとミソの左右に付着しているスポンジ状の呼吸器のことです。もちろん食べても害はありませんが、じゃりじゃりとして不味く、消化も悪いので、食べる前に取り除きます。

ワタリガニパワー全開!-----ヘルシーです(^^)
高タンパク、低脂肪、低エネルギーの健康食品です。タウリンも豊富なので、血中コレステロール値を下げたり、血圧の上昇を抑えます。また殻には強い抗酸化力を持つアスタキサンチンが含まれています。これは生活習慣病や老化抑制に効果があるため、揚げ物や炒め物など、殻ごと食べる料理が効果的です。さらに、ミソにはミネラルやビタミン類も豊富です。

目利きのポイント
活物は元気なことはもちろん、脚が欠けていないこと、腹側が固く重みがあること、子持ちの場合は腹蓋(俗に言う三角ふんどし)から卵がはみ出していないことがポイントです。姿の冷凍物の場合は、甲羅が暗緑色から緑色で乾いて白くなっていない物、口の周辺が黒ずんでいない物を選んで下さい。

エンジョイ・クッキング----茹でるより、蒸すより、焼く!
活物(姿の物)は塩茹でが定番ですが、折角の旨味成分が流れ出てしまいます。できれば蒸すか、何よりも焼くのが一番です。料理用途は豊富。ぶつ切りにして、鍋物、味噌汁、ブイヤベース、唐揚げ、チリソース、炒め物やパスタに、またホワイトソースとの相性も抜群です。お楽しみ下さい。


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