◆◇◆弱くて強い魚の話◆◇◆

京浜地区では一般的に、シコまたはシコイワシと呼ばれます。標準名のカタクチイワシはぐっと知名度が下がります。横浜市場には春から秋にかけて、三浦半島や湘南から朝網で獲れた鮮度抜群のシコイワシが入荷します。美味しい上に安いのですが、調理が面倒、調理の仕方を知らないという人が増えているようで、生鮮品は残念ながら人気者とは言い難い魚です。ところが、幼若魚を塩茹でしたり干したりしたシラス干しに代表される加工品は食卓の定番です。案外、この二つを別物と思っている人も多いのかも知れません(^^)。

カタクチイワシってこんな魚です・・・・
成魚はだいたい12、3cm位で、細長い円筒形の体です。背中は黒く腹は銀白色。体の割に大きな眼は頭の先端部に付いています。そして、際立った特徴は口です。上アゴの先端が前に突き出しているのに、下アゴの先端はそれよりかなり後ろにずれているのです。一見、上アゴしかない「片口」のように見えることから名付けられました。しかもこの口は大きく、眼のずっと後方まで裂けています。魚体が小さいため中々気付かないと思いますが、今度買い求めたら、調理する前にまじまじと観察してみてください。名前の由来が納得できます。

カタクチイワシはニシン目カタクチイワシ科カタクチイワシ属に分類されます。同属の仲間は日本近海には8種が生息していますが、一般的に見られるカタクチイワシは、インドネシア以北の西部太平洋海域だけに分布しています。また、よく知られるアンチョビーはアフリカ南西部のアンゴラより北の東大西洋や地中海に分布し、ギリシア・ローマ時代にはすでに重要な食料や調味料として食されていました。

食べられるために産まれてくる魚!?
自然界の食物連鎖は三角形になっています。その底辺近くにカタクチイワシは位置しています。そのすぐ下はプランクトンです。カタクチイワシは生を享けた瞬間から死ぬまで絶えず捕食者に狙われ続ける存在です。1cmに育つことができる確率はわずか0.1%に過ぎないとする説さえありまから、2年あまりの寿命を全うできるのは果たして・・・!?
捕食者は自分より体の大きな魚類ばかりでなく、クジラやイルカなどのほ乳類からカモメなどの鳥類にいたるまで多種多様です。また、それを食べた者 をさらに大きく強い者が食べるという具合に連鎖していきます。それだけに直接的な食料という以上に、非常に重要な存在なのです。
もしも、カタクチイワシが激減してしまうと、この食物連鎖に狂いが生じてしまいます。想像したくない事態ですね(¨;)。

カタクチイワシは捕食者達から身を守る術を持ちません。しかし、敵に遭遇した時にカタクチイワシの群れは一糸乱れぬ行動に出ます。普段はゆったりとした楕円形の群れを作っているのですが、一気に密集して素早く同一方向へ動くのです。あたかも一つの巨大魚に見せかけようとしているかのようです。でも残念ながらこの戦法は捕食者には通じません。敵達は群れに突っ込み、ちりぢりに崩された者を次々に襲うのです。襲われた群れはパニックに陥り、海面に盛り上がります。それを目がけて鳥が集まり、さらにそれを見つけた漁船が集まるのです。この時の漁船の狙いはカタクチイワシではなく、捕食者達、ブリやサワラやマグロ、そしてカツオなどです。

カツオ漁に欠かせぬ「生き餌」
カツオもカタクチイワシにとっては天敵です。カツオの大好物なのです。それを知った人間は、カツオを獲るためのエサとしてカタクチイワシを生きたまま捕らえます。巻き網などでそれこそ一網打尽にしてしまえば簡単なのですが、これでは1尾も生きてはいません。細心の注意を払ってすくい上げ、生け簀で生かしておくには、大変な手間暇がかかるのです。カツオ船は出漁前にこの生き餌を仕入れます。単位は今でもバケツ1杯ン千円だそうです。ちなみにバケツの中に魚が何尾入っているのか分かりません。いちいち数えながら入れていたら魚が死んでしまいます(^_^;。 高価なエサですね。

百を数える地方名
身近な魚ほど名前がたくさんあるのは頷けますが、それにしてもカタクチイワシの地方名は多すぎるほどあります。やはり外見に由来するものが多いようです。セグロ・タレクチ・ドロメ・ドロイワシ・ホホダレ・カクハリ・オオカミイワシ・ハンガン・マル・ヒシコ・ブト・カエリ・タツクリ・ゴマメ・ホシコ 等々。

生態・・・
日本近海のカタクチイワシは幾つかの系群に分かれているように見えますが、生態の詳しい研究はされていません。大まかには、マイワシよりも岸近く、水深10m以浅を小規模な回遊をしています。また、産卵期も海域によってまちまちで、ほぼ周年にわたります。その適水温も12〜29度と幅広く、卵の大きさも海域や時期によって異なりますが、沿岸域で産卵します。メスは1回に6千〜2万粒の楕円形の分離浮性卵を産み放ち、海中で受精すると3日ほどで孵化します。その後、40日で1cm、65日で2cmほどに成長し、次第に沖合へ生息域を移していきます。1年後には8〜9cm、2年後には12cmほどに成長し、最大では16cmを超えます。寿命は2〜3年と思われます。

カタクチイワシは泳ぎながら大きな口を開けて海水を取り込み、その中のプランクトンを濾し摂ってエサにします。このために好都合な「片口」だったのです。

マイワシの好不漁と反比例? 弱くて強い魚!
一般的にマイワシとカタクチイワシの好不漁は反比例すると言われます。確かに95年以降マイワシが激減した後、数年はカタクチイワシが増加しました。ところがその後はカタクチイワシも減少に転じました。さらにその後数年の推移を見ると、この反比例の関係はマイワシよりもウルメイワシとの間で成り立っているように見えます。

それはカタクチとウルメの方が、より生息域が重なっているためです。資源量の増減は、水温の上昇やプランクトンの増減、漁獲、そしてイワシ類同士の競合関係が組み合わさってのことと考えられています。
いずれにしても、弱者であるカタクチイワシは、あらゆる捕食者の胃袋を満たしながらも、しっかりと逞しく種を守って繁栄しています。そういう意味では実は強い魚、縁の下の力持ちなのです( ̄^ ̄)。

旬と食べ方・・・食べ方に応じたそれぞれの旬があります(^^)
カタクチイワシは幼魚の時代から成長度合によって加工の仕方、食べ方が様々に工夫されてきました。昔は生食できるのはもちろん浜近くだけでしたので、様々な塩干加工品が今日にも伝わっています。
・釜揚げしらす(関西では釜揚げチリメン)稚魚を塩茹でした半生状態のもの。
・しらす干し(関西では太白チリメン):塩茹でして干したもの。
・上乾しらす干し(関西ではチリメンジャコ):さらによく干し上げたもの。
・カエリ(関西ではカエリチリメン):しらすと煮干しの中間サイズ。
・煮干し(関西ではイリコ):10cm位の脂のない魚を湯がいて干したもの。
・たたみいわし:塩茹でしてスダレに敷き詰めて干し上げたもの。
・生しらす:最近の人気商品。刺身、寿司だね用です。

イワシパワー全開! 脳を活性化・高血圧を抑制・肝機能の向上など!
お馴染みのDHA・EPAを豊富に含む青ざかなで、カルシウムや鉄、カリウム、亜鉛などのミネラル類、ビタミンA、B1、Dなども豊富に含んでいます。もちろん丸ごと食べるのが効果的ですが、しらす干しなどの塩干品には塩分がたくさん使われているので、できるだけ醤油は控えめにして下さい。

目利きのポイント
目に透明感があって赤くなっていないこと。腹が裂けていないこと。なるべくウロコが残っていること。背の黒、腹の銀色が鮮明であることが選ぶ時のポイントです。

エンジョイ・クッキング・・・下処理が大切です
鮮度落ちが早く身が柔らかい魚なので、素早く優しく下処理しなければなりません。ボールに塩水を作り氷を浮かべてカタクチを入れます。これに手を入れてグルグルかき回すと残っていたウロコも、汚れもほとんど取れます。カタクチを取り出して包丁で頭を落とし、腹から肛門にかけて5mm幅くらいにザックリ切り離すと内蔵もあらかた取れます。次に流水で腹の中を洗いながら背骨に付いた血のかたまり(内蔵の一部です)を取り除きます。この時歯ブラシでこすると簡単に取れます。以上の下処理さえ手早くすませれば、 どんな料理をしても?素材の旨味は生かされます(^-^)。
おすすめは刺身、甘辛煮付け、梅煮、天ぷら、唐揚げ、南蛮漬け、オイルサーディン等々。是非お試し下さい。


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2008年4月号