◆◇◆北の海の赤い宝石の話◆◇◆

キチジとは標準名で、一般的にはキンキとして流通しています。生息海域が片寄っているため、九州や四国など西日本の方には馴染みが薄いかも知れません。関東では人気が高いのですが、値段も高いので、惣菜魚としてはなかなか手の届かない魚になってしまいました。その真っ赤でふっくらとした美しい姿と極上の美味さ、漁獲量減少による希少価値、それらが相まって、キチジは「北の海の赤い宝石」と呼ばれます。

キチジってこんな魚です・・・
キチジはカサゴ目フサカサゴ科キチジ亜科に分類されます。駿河湾以北の本州から千島、サハリンなどに分布する北方系の魚ですが、日本海側にはほとんどいません。水深150〜1,200mの大陸棚斜面に分布し、主に200〜600mの岩礁域を住みかとする深海魚です。
カサゴ類の特徴として、頭、眼、口が大きく、頭から背ビレにかけて硬く鋭いトゲがたくさんあります。頭部を持つ時に気を付けないと、このトゲに当たり痛い思いをします。また、胸ビレが大きく、背ビレの後半に大きな黒い斑紋があります。体形は長卵形で尾のつけ根は細く締まっています。体色はお馴染みの鮮やかな朱赤色。ただ、生きている時はもっと黄色みの強いオレンジ色で、時間の経過とともに赤が強くなり、さらに鮮度低下すると色が褪めて白っぽくなってしまいます。

ごく近い仲間にはアラスカキチジがいます。こちらは体長80cmに達する大型魚で、北海道東部からオホーツク海、ベーリング海などの寒海に分布しています。店頭で冷凍キンキの切り身や漬け魚として加工されたものをよく見かけます。

▽ウキブクロがありません
深海魚を引き揚げると気圧の急激な変化で、ウキブクロが破裂したり、口から飛び出したりしますが、キチジはまったく平気なようです。というのは、キチジにはウキブクロが無いのです。水族館でキチジが泳いでいられるのもこのためです。深海で暮らす魚たちはウキブクロを持たないものも多くいます。

▽かつては笹蒲鉾などの原料にも
キチジは1970年代頃までは、北海道で5千トン以上、東北でも3千トン以上の漁獲があり、評価もさほど高くなかったため、小型の物は練り製品の原料にも使われたり、魚粉に利用されていたほどでした。仙台名産の笹蒲鉾の原料だったのは有名な話です。ところが、乱獲がたたり、それ以降漁獲高は急激に減少していきました。近年では、その十分の一以下にまで落ち込んでいます。

一般的に、キチジなど深海性魚類は成長が遅く成熟年齢も遅いため、大型魚の乱獲を続けてしてしまうと資源量の回復が難しくなります。大切な魚たちです。共生するためのルール作りが進められています。

▼生態と旬
キチジは夏には浅場へ、冬には深場へと移動します。また、若魚の方が生息水深が浅いことが知られています。光の届かない深海底で生活するキチジは少ないエサをより確実に捉えるために、大きな口と鋭い歯を備えています。成魚はエビやカニ類、クモヒトデ類などが主食です。キチジの赤い体色はエビ・カニ類が持つアスタキサンチンという赤色色素によります。

カサゴ類の多くは卵胎生で仔魚を産みますが、キチジの仲間は粘着性卵を産みます。産卵期は北海道で2月〜5月で、長さ約35cm、幅約6.5cmのゼラチン質の卵塊(卵の詰まった袋状の膜)を産みます。この袋は海中を浮遊し次第に溶けて、卵はバラバラに散り、9日ほどで孵化します。幼魚はプランクトンを食べて成長し、1年で8cm、2年で12cm、3年で15cmほどになり、最大で30cmを超えます。体長は北方海域ほど大きくなる傾向があります。寿命は十数年と思われます。

キチジはどの時季も脂が乗っていて美味しいのですが、取り分け旬とされるのは、やはり産卵前の11〜2月頃です。

▼名前の由来・・・もちろん「めでたい」魚です(^^)
キチジの漢字表記は今でこそ、喜知次や吉次を当てますが、かつては「黄血魚」ではとの説があります。これは黄色みを帯びた血色の魚という意味で、魚を示す語尾「魚=ジ」を付けて「キチジ」となったのではと考えられています。または、朱赤色の体色が目出度いことから「吉魚=キチジ」では、という説もあります。

別名には、キンキ、キンキン、メンメ、メイメイセン、アカジ、アスナロなど、形態からの命名がいくつもあります。ちなみにアスナロは神奈川の地方名で、ヒノキ科の常緑高木、翌檜(アスナロ)の語源「明日はヒノキになろう」にあやかって名付けたものです。もちろん「明日はタイになるであろう」ですね(^^)。

と言うわけで、キチジは「吉事」そのもの、とにかく目出度い魚なのです。昔から東北や北海道では正月の祝い膳に欠かせない魚だったのです。

▼「釣きんき」ブランド化
キチジは北海道各地、青森、岩手、宮城などから周年入荷します。その中でも最も市場価値が高いのは網走の釣り物です。鮮度はどの産地の物も良いのですが、網物のように体が擦れていることがなく綺麗ですし、サイズが大きく、何よりも身質が格段に良いのです。ちなみに、市場価格でキロ当たり6千円を超えることも間々あります。

釣り物と言っても一本釣りではなく、延縄(はえなわ)漁と言って、何kmにも及ぶ長い幹縄に針を付けた枝縄を大量にぶら下げ、サンマなどをエサにして1尾ずつ釣り上げる漁法です。丁度、縄のれんのようなイメージです。このキンキの延縄漁は北海道では網走の4隻の漁船しか許可されていません。

漁場は網走沖北方約100km、水深500m辺りの海底です。釣り上げられたキチジは、船上ですぐに選別され箱詰めにされます。帰港すると直ちに首都圏や大阪など各地に出荷されるのです。

近年、国を挙げて「産地ブランド」を奨励していることもあり、各地でブランド誕生ラッシュ状態です。この網走の「釣きんき」も念願叶って2006年11月1日に商標登録されました。

▼目利きのポイント・・・
目が黒く澄んでいて、落ちくぼんでいないこと。体を覆うヌメリが透明で、体色が鮮やかな朱赤色でみずみずしく、背ビレの黒い斑紋が明瞭であることがポイントです。よ〜く目利きしてからカゴに入れて下さい。何しろ赤い宝石を選ぶのですから!

▼キチジパワー全開!   栄養の宝庫です!
キチジの体の組成は、水分64%、脂質22%、タンパク質14%と言いますから驚きです。魚には珍しくたんぱく質よりも脂質が多く、EPAはハマチについで魚類中2位で、DHAも10位以内、さらにビタミンA、Eが豊富な上にタウリンも含まれるという栄養の宝庫なのです。
その効能を列挙すると、血中コレステロールを調整して、中性脂肪を減らし、高血圧、動脈硬化を防ぎ、脳、神経、目の機能を向上させ皮膚や粘膜を保護し細胞を健全に保つ、ということになります。

▼エンジョイ・クッキング
キチジパワーは栄養満点なことだけではありません。もちろんその美味さです。白身であるのに脂が凄く乗っていて、しかもしつこくないのです。この素材なら、どう料理しても美味くないわけがない!ですね。できることならあまり手をかけずに、素材を生かした料理にするのも良いと思います。漁師料理としては、まず刺身。茹でた肝を醤油で溶いていただきます。次いで、湯煮(ゆに)。内臓とウロコを取ったら、塩も入れずにただ煮るだけです。湯を煮立ててしまうと身崩れするので注意して下さい。これをポン酢や醤油をかけていただきます。・・・まさに、素材の味わいですね。

家庭料理としては、定番の煮付けの他にも、塩焼き、鍋物、生干し、唐揚げ、粕漬け、椀種、ブイヤベース等々、お好みでどうぞ。
それにしても、キンキの煮付けはたまらなく美味しいですね。身を平らげた後、残った煮汁をかけて、もう一膳、軽くいけますよ(^^)。


■メールマガジン<お魚よもやま情報>2006年11月号